宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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独立記念日

11.30.2006
さて。今日も前回の続きで、あの頃のお話です。
今回は病気になる直前のお話。


前回書いたように、とてもハードな日々を送っていた私。

どこかで自分の身体が良くない状態であることに、気が付いていたのかもしれません。確かに数年前から出来ていた胸のしこりが時々痛んでいました。

私のがんがわかる前の年、兄が乳がんになりました。(めずらしいのですが、男性の乳がん。あるのです)
よりによって乳がんだったので、不安に思った私は、胸のしこりの検査を受けました。その段階では良性でしたが、忙しいということを理由に、怖くてそれ以降検査をしていませんでした。


病気が発覚した年は、私は0学という占いでいうところの0年。0年とは、12年の中で一番運気の低くなるときです。(ちなみに、病気が発覚したのは0年の0月でした)

この時期何かあるのではないかとなんとなく思っていた私は、少しでも身体のためになればと0月になる前の月、つまり2003年6月に、友達から紹介してもらったハワイアンのBさんにロミロミマッサージをやってもらいました。

Bさんは、その友達曰く、末期がんの人を治したこともあるということでした。もちろん、誰の病気でも治すことができるわけではないけれど、神様と繋がって、その時のクライアントにとって一番良いことを施すことができるヒーラーであることは間違いない、と言っていました。

そのBさんからは私は、「1度で良くすることはとても無理な状態」といわれ、これから何回か日本にくるたびにマッサージをするけれども、その間に天然のビネガーをガーゼにひたし、それを毎日1時間ほど胸に貼ってください、といわれました。そうすることでしこりが柔らかくなって、ほぐすことができるかもしれないということ。それから、そのビネガーをスプーン1杯薄めて飲みなさいといわれました。

それを貼って約1週間目。

ある朝起きると、胸がものすごく腫れて真っ赤になっていました。

この時私は、「ついに来るべきときが来た」と感じました。

ちなみにこの後、Bさんが胸にへんなものを貼れといったからこんなことになったのではないか、と逆恨みもはなはだしいことを思ったりもしましたが(笑。人間追い詰められると何を思うかわかったものじゃありません)

もちろんそんなことはなく、むしろ、腫れていなければ、もしかしたらもっと進んだ状態になるまで放置していて、心と身体を癒すのに十分な時間が残されていなかったかもしれません。

「その時のクライアントにとって一番良いことを施すことのできる人」と言っていた友達の言葉を思い出します。


さて、看護士さんが驚くくらいに真っ赤に腫れてしまった胸。この状態になって初めて、もう今まで続けていた生活を続けることは不可能だと感じました。

親に金銭面での迷惑をかけるわけにもいかず、仕事をやめることが怖くて、強烈にストレスの溜まる職場でさえ手放すことができないでいた私。

でも、もうそんなことは言っていられない。

以前「7つのチャクラ」という本の中で、胸のあたりの病気はインナーチャイルドと関係があるということが書いてあり、思い切り思い当たるふしがありました。

なので、仕事をやめるだけでなく、多分もうそろそろ心と身体をもとのように元気にするためにヒーリングを受けないといけないところにまで来ていると感じました。

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でも、そんなお金はまったくない。どうしたらいいのか?

病院での検査の結果はまだ出ていなかったけれど、最悪の結果であっても、そうでなくても、とにかく親に相談するしかないだろうということになりました。(彼もバイトをしながら役者をやっているので、私をサポートすることができるほどの金銭的余裕はありませんでした)


母と私との関係は、これからも折に触れて話していくことになるかと思いますが、女手1つで3人の子どもを育ててすでに年金生活に入り、やっと好きなことをして毎日を暮らしている母に、いい歳をしてお金の工面をすることが精神的に相当きつかった。

でも、ほんとうに行き詰まってしまった。

母に相談すると、思いのほかあっさりと賛成してくれ、借金をなんとか調整するように考えてくれました。

もう少し早く、心を開いて母に相談していればよかったのかもしれません。

でも、「病気にでもなってしまいたい」と思ったころにはもう、すでに病気だったのですね。
そして、やっぱりそれは完璧なプロセスだったのだと思います。

仕事をやめ、心と身体を少し休めようと思った矢先、乳がんの診断を下されました。
2003年7月4日でした。アメリカの独立記念日。

この日、「今日は私の独立記念日だなあ」と思ったことを覚えています。
放っておけば死ぬかもしれない病気になって、人生のすべてを変えようと思いました。だから、この日は過去の自分から自由になる記念すべき日。独立記念日だと思ったのです。

もちろん大ショックだったのですが。診断を下された日は「さて、どうしよう」という思いの方が強かったように思います。

泣いたのは、実は病院から診断を下される2.3日前。

これも不思議なのですが、昼間家にいてもしもの時のためにネットで乳がんについて調べていたときのことでした。

突然、「ああ、やっぱり私乳がんなんだ」と、ふとはっきりとわかってしまったのです。その時は泣きました。

検査をした病院は、姉が医療事務で働いていた病院だったので、診断を聞いた後で姉と話しました。

その時姉が、「実は、私2.3日前に検査の結果聞いてわかってたんだ。号泣しちゃった」といいました。
姉が診断結果を聞いたのは、ちょうど私が「ああ、私乳がんなんだ」と感じた日時とほぼ同じでした。

肉親の想いって本当に強く、テレパシー的なことも普通に行われているのだろうなあと思います。本人同士気づいていないだけで。


今日はこのへんで終わりにします。

次回はやっと、私が代替療法を選択することにした理由のひとつである、「サイン」についてお話したいと思います。

読んでくれた方に心から感謝します。
ありがとう。


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テーマ:こころ - ジャンル:心と身体
    posted at 13:57 | 体験記 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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