宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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※ これは4年前の記録です

この日はいつものように今の自分と出会い、前回でてきた崇高な存在を私の中に定着させ、同時に肉体のバランスを取る作業も行うはずでした。

ところが、出てきたのは何か胴体が黒く、羽を持っていました。
それは、何か人間ではなく「さなぎ」のよう。
とても大切なもの。
でも、もう古くなってしまったもの。
大切だけれど、もう一緒にはいられないものでした。
その物体は、私にしっかりとしがみつき「離れたくない」といっています。

そうきよみちゃんに告げると、
「それはもう古くなってしまったものだから、そろそろ別々にならないといけないね」
といいます。

それを聞いた瞬間、この物体はお別れを言いに来たのだとわかりました。
だから、羽を携えて現れた。飛び立つために。

私は、古くなった考えとか、エネルギー、過去性、カルマ、そういった自分の何かなのかと思いました。

ところが、きよみちゃんは、
「お母さんのエネルギーを感じます。お母さんが真っ赤な目をしてうつむいています」
といいます。

母との共依存。
これが、羽を持った存在として現れたのでした。


きよみちゃんは、
「その存在に、今までどうもありがとう。そして、さようならと伝えてください。自分の気持ちを、思う存分伝えてください」
といいます。

私は、感謝の気持ちを伝えました。
でも、別れは想像を絶するくらい辛いものだったのです。

子供の頃から多分30歳近くまで、私にとって母は、とても尊敬する存在でした。
母は私が10歳の時に父と別れていますが、女手ひとつで私たちを育てました。
マンションに住み、キャベツだけのご飯の日もあったけど、貧乏しているという感覚を持たずに成長することができました。

10歳当時、私の同級生で父親を亡くした子がいました。
その子は、とても小さな家で暮らしており、お母さんはそれまで専業主婦だったので、お父さんがなくなってからは内職をして、つつましく暮らしているのでした。

それをみて、
うちのお母さんは、お父さんがいなくてもお仕事しているから、マンションに住めている。すごい!
私も絶対、もし何かだんな様におきても一人で十分生きていけるようになろう。うちのお母さんはすごい!

と思い込んだのでした。

それが30歳近くまで続き、今度はその反動か、親離れをする時期がやっときたのか、
やたらと反発を感じることが多くなり。

病気になった当時も、「どうして母はこうなんだろう」と思うことの方が多くなっていました。
借金と治療費で金銭的に母にお世話にならざるを得ない状況が、苦しくて仕方ないときでした。
金銭的にお世話になっているということは、すべての選択の権限は母にあり、自分は常に母にお伺いを立てなければ何もできない。それは、私の選択ではなく、母の選択。
私の人生は母の選択なんだ。
そう、思い込んでいました。
だから、「こうしたい」という自分の意志を母に伝えるときは、その正当性を主張し、
そのことでいつもとてもブルーになっていました。

あとでわかることですが、私の資質は、ただ「楽しい!」を基準に選択をし、
あきたらやめる。あきなければ続ける、というシンプルな選択を好むタイプです。
その間逆をやっていたので、苦しいはずです。


おそらく母も、定年してやっと金銭的にも余裕ができて、時間もあって自由に過ごせると思っていた矢先に、私が病気になった。
その重圧は、とても辛いものだったと思います。

ですから、そういう母との別れが、こんなに辛いのは予想外で、とてもびっくりしたことを覚えています。

きよみちゃん曰く、母と私はカルマの関係で、生まれた時からこういう関係性を選んできていたのだそうです。

私が、母を絶対悲しませない、ということ。
母の望みを叶えてあげたいと思い、自分の人生を母のために送ること。

そういうことを望んで生まれてきていたのだそうです。

でも、それはもう終わっていいものなのだそうです。
天界からも、もう終わっていいとのメッセージがきているといいます。

そして、きよみちゃんは笑いながら
「まゆがいつまでもさようならを言わないから、お母さんの方から、もういくよ、といっていますよ」
といいます。

私は「さようなら、さようなら」と言いつづけました。
とても、とても悲しかった。
でも、もう一緒にはいられない。

きよみちゃんは、
「とても根深いものがあったのですね。でも、別に親子関係がなくなったわけではない。これからは、お互いに依存ではなく良い関係、ポジティブな関係を築いていくことができますよ」
といいます。

これを聞いて、やっと本当にさよならをすることができました。


自分でも、本当に驚いた体験でした。
お互いに依存しあっているのもわかっていたし、母との関係は尋常ではない何かがあると思っていたけれど、こんなに根深いとも思っていなかったし、
あんなに早く離れて自由になりたいと思っていたはずなのに、
共依存から離れることもこんなに悲しいだなんて。

こんなに依存していたのだ。
そして、こんなに母を愛していたのだ。

そうしみじみと感じました。


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プロフィール

まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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