宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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アンマ

05.19.2008
※ これは4年前の記録です。

さて、今日は久々に4年前の体験記に戻りたいと思います。

4年前のちょうど今頃、以前お話した「抱きしめる聖者」アンマが来日して、初めて会いにいきました。

2008年の今年も5月27日、28日とアンマがやってくることになっています。詳細はリンクに貼ってあるホームページをごらんくださいね。

アンマは昨年から神戸にも行くことになって、神戸2日、東京2日というスケジュールになっていますが、4年前は4日間東京でダルシャン(抱擁する儀式?)が行われていました。

アンマはダルシャンに訪れる人々が何千人であろうと何万人であろうと、一人残らず抱擁します。それは何時間にも渡りますが、その際飲まず食わず、トイレにもたたずにひたすら私たちを慈悲深く抱きしめてくださいます。

最初はインドの田舎町に住んでいたアンマが、訊ねてきた近所の人を慈愛を持って抱きしめたところ、その人は大変に癒され、「私も、俺も」とアンマに抱きしめてもらおうとする人々が訪れるようになったそうです。

いつしかそれは長蛇の列になりましたが、それでも今だにアンマは、一人残らず来た人を抱きしめるのです。

ずいぶん昔から、人づてにアンマの話は聞いていたのですが、なかなかダルシャンに行くことができませんでした。


病気になり、和典のところにヒーリングに行くようになったとき、すでにたくさんの恩寵をアンマから受け取っていた和典は、ぜひアンマのところに行きなさいと強く勧められました。

和典いわく、
「がんという病気はカルマ的な要素を持っていて、過去のカルマの関係で罹ることも多い。
カルマに関しては、人間の私たちは関与することができません。それに関与できるのは、私の知る限り、今の段階ではアンマだけです。アンマにお願いしてみなさい」
というようなことでした。


では、ということで、4日間昼の部も夜の部も出来うる限り全部、毎日行こうと決めました。
パートナーのTも、もちろん一緒に行くといってくれました。

とてもたくさんの人が来ているので、抱擁はあっという間に終わります。
アンマは、私たちの想いや願いはぜんぶわかっていらっしゃるし、ちゃんと届いているということなのですが、あまりにあっさり終わったので「ふ~ん・・・」という感じで、初日はあまりピンと来ませんでした。


和典は、アクセルという広告関係の会社の一室を使ってヒーリングを行っているのですが、アンマがいらっしゃるときには、アクセルのメンバーほぼ全員が、ボランティアでダルシャンに関わるお手伝いをしにいきます。

その年も和典とアクセルのメンバーが会場にいたのですが、その中のMさんと2日目に話をしました。

Mさんが「どうだった?」と聞くので、私は正直よくわからなかったといいました。

すると、Mさんは自分の体験を話し始めました。

Mさんも最初は、「はぁ?」という感じだったのですが、ボランティアをやる流れになり、アンマの祝福と思わざるを得ないような体験をどんどんするようになったそうです。

それからMさんはアンマを頼るようになり、そうするとますますアンマも強く応えてくれるようになり、といった感じで、つながりが強くなっていって、今や離れられないようになったそうです。

そうなると、「自分」が生きているとか、「自分」がやりたいだとかではなく、神の意思がすべてをつかさどっているのだなあ、と感じるようになったそうです。

だから、「自分が」というエゴを手放さざるを得ない過程を通ることになり、それが苦しいこともあるとか。

このようなことをひとしきり話したあと、

「なので、とにかく真剣に、病気のこと祈ってごらん。真剣に『助けて!』といえば、アンマは絶対応えてくれるから」


この瞬間、実は私は躊躇したのです。
なぜかというと、私の頭の中に、強く祈る=アンマと強く繋がる=神性と繋がる=目覚めなくてはいけない、という図式が生まれたから。(目覚めることに相変わらず抵抗していたのです)

ゆだねることが怖い、とも思いました。だってどうなっちゃうかわからない。

でも、何が何でも元気になりたい!病気を治したい!


そう思ったらパカッと心が開いて、ダルシャンを待つ列に並んでいるときから涙が溢れて溢れて止まらなくなったのでした。

そして、これ以上ないくらい真剣に、必死に、強く、治るようにお願いしました。


何かはわからないけれど、何かが変わったのがわかりました。


やはり和さんに勧められて、北海道から、一緒に福井の治療家のもとに行った悪性リンパ種を患っているGくんとお母さんが来ていたので、同じ話をしました。

すると、お母さんもGくんも、そして嫌々つきそってきたはずのGくんのお父さんも、アンマと抱擁したあとに号泣していました。
やはり、何かを感じられたのだと思います。


私は、Gくんやそのご家族がアンマにハグされているとき、真剣に彼の病気が治るように祈りました。なにせ彼はまだ19才ですから。

そのとき、なぜだかわからないけれど、やはり私が先ほどアンマにハグされているとき、和さんや、Mさんや、アクセルの友達たちがみんな私のために真剣に祈ってくれていたのだということに気がつきました。

それから、私のパートナーが毎日真剣に私のために祈ってくれていること、私の家族や友達も一生懸命祈ってくれていることに、はっきり気がつきました。

なんというありがたいことなのだろう。

周りの人の愛情にはっきりと気づき、生まれて初めてかもしれないくらい
「自分は愛されているのだ。とてもたくさんの愛情に支えられているのだ」と心の底から痛感しました。

すでにこれだけで十分アンマからのギフト。
奇跡でした。


そして、大いなるものに自分を、自分の命を「ゆだねる」ように意識が自然に移行していきました。

もし私に今世まだやることが残っており、私の命が天に帰ることを選択していないのなら、遅かれ早かれいずれ治る。

もし、天に帰ることを選択していたとしても、人間誰でも遅かれ早かれ天に帰るのだから、今は奇跡的に訪れる毎日を、日々のなんでもないことや、大変なことを楽しもう。

そう思えるようになりました。

そして治ったら、それは神の意思で生かされているということなのだから、最大の恩返しとして、自分の人生を最大限に楽しみ、たくさんの人と光を分かちあいたいと思うようになりました。


それまで、神に命を助けてもらったら、自分を犠牲にして人々のためにつくさなくてはいけない、と思っていました。

それまで、目覚めるということは、人につくすことだと思っていました。

でもそうではなくて、最大の神様への恩返しは、神様からいただいたこの命で、私のこの人生を最大限に楽しみ、精一杯生きること。

そして、最大限に楽しみ生きることは、自分だけがよければいいという意識ではなりたたないこと。

だから、自然と人と分かち合いたくなり、困っていれば人に何か手を差しのべ、自分が困れば差し伸べてもらった手を握り、そうして繋がって生きていくということ。

そういうことがわかった気がしました。

アンマに4日間抱擁してもらっただけで。

私は会うたびにアンマがどんどん好きになっていきました。


もし気になったら、みなさまもアンマに会いに行ってみてくださいね。

5月27日、28日味の素スタジアムのミズノフットサルスタジオです。
http://www.amma.jp/web/index.html

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テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体
    posted at 16:30 | 体験記 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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