宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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前回は、身体が覚えている腰を痛めた記憶が出てきたところまでお話しました。
今日は前回の続きです。


腰を痛めた記憶が蘇ってしばし痛がっていると、今度は腰の痛みではなく、別の痛みがやってきました。

どうも昔のヨーロッパかなにかで、キリスト教の布教活動みたいなことをしていた私は、反キリスト教の人か、おそらく単に気に入らないという程度の理由で、ボコボコに殴られ、蹴られています。

痛みもさることながら、屈辱感、みじめさの中で絶望を感じていました。

「神様、なぜ?なぜなのですか?」という想い。

神様のお手伝いをしたいと純粋に思い、それをしているだけなのに、あなたはなぜこんな目に合わせるのですか?なぜ、こんな試練をお与えになるのですか?という気持ち。

そこから、さまざまな過去世と今世の、辛く苦しい出来事が走馬灯のように駆け巡り、心の底から「神様、辛いことはもういいです」と思っていました。

私の過去世では、神へと続く道は喜びではなく、苦しみだけだったようで、そういう想いが浮かんできました。

そして「苦しみだけなら、なぜ生まれてくるのだろう?」と思ったとき、向こうから光が差し込んできて、神様のような存在が出てきました。

それから、神様は何かを私に注ぎ込みました。

すると、よくわからないのですが、身体が出産のときのような、とにかく何かを出したい、生み出したいという感覚になり、いきみました。(出産の経験がないので不思議なのですが、身体は勝手に動き、それを客観的に見ている私が「これは、出産だな」と思ったわけです)

そして、それはいつしかとてもリアルな出産になり、私は子供を産みました。

本当にリアルにぐったりとした感じと、そして何より、言いようのない充足感と幸福感に包まれたのです。

私の横によりそってくれていた淳ちゃんが、そのときだんな様となり、「あなた、ほら。無事に元気な赤ちゃんが生まれたわ」と心の中で伝えています。とても誇らしい気持ち。

そして、私の隣には、赤ちゃんが寝ています。


出産は、奇跡以外の何ものでもない、と痛感しました。こんな奇跡、他にあるだろうかと思うくらい。
圧倒的な神の力が周囲に満ち満ちていて、私を包んでいた光は、まるで「ほらね」という感じで去っていきました。

「ほらね」というのは、私が「苦しみだけなら、なぜ生まれてくるのか」と問いかけたことに対して、「苦しみだけではないでしょう?」という感じのニュアンスです。


その光が去ったあとは、リアルに病室の出産を終えた妊婦になり、隣ですやすや寝ている赤ちゃんの存在もまだリアルに続いており、本当に本当に幸せでした。

もしかしてこれは、未来の状態かしらと思うくらいリアルだったので、赤ちゃんの性別を感じてみると、男の子でした。

もちろん、もうひとりの自分は、これは幻であることをわかっています。でも、この夢が覚めないで欲しいと本当に思いました。


あれはなんだったのでしょう。

未来の出来事を見せてくれて、絶望しないで信じなさい、と言ってくださっていたのか。

それとも、今私は、何か新しいエネルギーを生み出しているという状態で、それは奇跡のように素晴らしい体験なのだということなのか。

それとも、過去に体験した出産の記憶を蘇らせて、辛いことばかりではなかったでしょう?ということを伝えたかったのか。


よくわかりませんが、とにかくとても素敵な体験で、エモーショナルリリースは終わりました。







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    posted at 11:19 | 体験記 | TB(0) | CM(0)

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まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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