宇宙(そら)からの贈り物

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生きる

03.02.2007
あまりに基本的で、でも最も大事な「生きる」ということ。
それを私は37歳にしてやっと、究極の選択を通して決めました。

どちらを選択しても「死」という言葉がちらつく中で、それでも私は

絶対に絶対に絶対に生きてやる。まだ私は何もしていない。何がなんでも生きよう。どんなことをしても生きよう。生きるためならなんでもやろう。

そう決心しました。


若い頃の私は「別に死ぬのなんて怖くない。別に長生きなんてしなくていい」と思っていました。

正直、30代の時には、死にたいと本気で思ったことが何度かありました。


今、自殺こそしないまでも、無意識のうちに早く今世を終えたいと思っている人は多いのではないでしょうか。

それに、普通に生活していると、自分が生きているってことはあまりに当たり前のこと。
生きる、と「決めている」人は少ないと思うのです。

それは、生死にかかわるような深刻な病気を抱えている人に限らず、です。

ここでいう、「生きる」というのは、「自分がなぜ肉体を持って今ここにいるのか」という魂の目的を思い出すこと、そして本来の自分に戻り、自分に嘘をつかずに生きていくこと、などと言い換えることができるかもしれません



「オーラの泉」などで、美輪さんや江原さんが言っているのでご存知の方も多いと思いますが、人は肉体を脱ぐと、魂は行くべきところに行きます。そこで肉体を持っていたときの出来事をもう一度、今度は自分の関わった相手の人の立場で体験するといわれています。また、魂は成長したがっているので、魂の成長のためにやらなくてはならない課題、やり残してきたことを総ざらいします。そして、次に生まれるときにはこれをしよう、あれをしようと決めます。

でも、簡単には生まれ変われないのだそうです。

だから、今世、この身体をもって生まれてきて、寿命のある限り「生ききる」ということ。
それは、私たちが思っているよりもずっとずっと大事なことなのだと思うのです。

さらに、「生ききる」ためには、「生きる」と決めることがとても大切なことなのではないか、と、今の私は思っています。なぜならば、私たちは実際には「生かされている」のですが、すべてのことには私たちの自由意志が働くからです。

寿命が残っていても心の深いところで生きることを決めていなければ、それは実はじわじわと死を選択していることとイコールだったりすると思うのです。


自分では「生きたい」と思っているつもりなのに、潜在意識ではそれを選択してない場合。

これは、特に深刻な病気を抱え、なおかつ死にたくないと思っている人には問題です。



サイモントン療法というガンの治療に大きな効果を表している心理療法があります。(サイモントン療法については後に詳しく触れますね)

それによると、深刻な病気にかかり、なかなか思うように快復に向かわない人にじっくりと自分の潜在意識と向き合ってもらったところ、治りたいと思っていたはずが、実は病気になることによって得をしたり、楽になったりしたために病気を手放したくないと思っていたことがわかった、というのがあります。

例えば、今まで家庭の中で誰も自分に思いやりを示してくれなかったのが、ガンになったとたんにみんなが優しくなった。治ったら、またみんな冷たくなってしまうのではないか?
とか。

または、ある人を不幸にしてしまったと感じていて、罪悪感から自分を罰するために病気を選択しているとか。


以前書きましたが、私は当時の自分を取り巻く環境があまりに苦痛で、しかし自分の意志でそれを変えることができずに、逃げ道として病気を選択してしまった経緯があります。

潜在意識では思いもよらないことを思っていたりして、驚くべきことですが、それがかなり確実に今の現実を引き起こしています。


なので、もし深刻な病気を抱えていて、治りたいのになかなか治らないという方は、どうか心の奥底を見つめてみてください。

病気を選択していたことに気づき、その根本に働いている心理に気づいて、それを癒せば病気でいる必要がなくなるので治ることもあります。もちろん複合的な理由で病気になっているので、そう簡単にはいかないこともありますが。

どうしてもわからない場合は、信頼できるカウンセラーやヒーラーに相談してみてください。そういう人がいないという方、ご希望ならばコメント残してくだされば、信頼できるヒーラーさんをご紹介します。



さて、そうはいっても人間には寿命があります。だから、「生きる」と決めたからといって、肉体を脱ぐことはあります。魂が今世はここまででOK!と、すでに決めている場合。または、去ることによって残された人に大切なギフトを送る使命を持っている場合など。


当時の私は、「どれだけ長く生きるか」が大事でしたが、さまざまな気づきを通して長さではなく、「どう生きるか」が大事だと心の底から思えるようになりました。

いつ死んでしまうかわからないのは、深刻な病気を抱えている人たちだけでなく、生きている人すべてに言えることなのですから。


おまけに私はこの、病気の体験で「自分は何のために生まれたのか?自分は何者なのか?」とずっと昔から問い続けてきたことの答えを見つけた気がしています。

ともかく、それらすべての始まりは、この時

生きる。

と、決めたことからだ、と思っています。
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テーマ:死と生を考えて。 - ジャンル:心と身体
    posted at 16:28 | 体験記 | TB(0) | CM(0)

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乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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