宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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集中治療④

07.26.2007
※ 今日も4年前の話です。


2泊3日の集中治療も最後の日になりました。

この日、最後の先生の治療を受けた時、先生は
「これは奇跡だな。全身に飛んでいたがん細胞がとりあえず消えている。胸のところに集まっているから、これから胸を集中的にやっていって、うまくいけば半年くらいで治るかもしれん」というようなことをおっしゃいました。

もちろん、私と母は涙を流して喜びました。

集中治療で結果がでないものは治る見込みはないといわれていたので、がんが全部消えたわけではないにしろ、治るかもしれない!と光をみたような気がしました。

これは、祈ってくださったみなさんのおかげでもある。

次にいつ会えるかわからない方々だし、私は一人一人にしっかり感謝を述べて帰りたいと
思いました。


ところが母は、治療が終わるやいなや、フライトまで相当時間があるにも関わらす。飛行機の時間があるから、早く帰ろうとせかします。


飛行機なんかどうでもいいじゃないか。今とても大切なことがあるじゃないか。

しかし私は、そう思ったにも関わらず母にはそう伝えることができずに、イライラしながら荷造りをし、早々に旅館を後にしたのでした。


このときのことを思い返すと、やはり、なぜ「先に行っていいよ。私はみんなに挨拶してから帰りたいから」といえなかったのか、不思議でたまりません。

しかし、あの頃の私は、そういう風に自分の意志を伝えるという発想も、母に一人で帰ってもらうという発想もなかったのです。不満に思いながらも、ただ、自動的に母に従っていました。


このときの怒りは、実はまぎれもなく自分に対する怒りなのです。
「こうしたい」と思う自分の気持ちを無視した怒り。
自分の意志を尊重せず、人に黙って従ってしまう自分に対する怒り。


こうしたい、といえば、その選択をした結果は自分で責任を持たなければなりません。

この場合でいえば、「私は残る」といえば飛行機に乗り遅れるかも知れず、その場合の飛行機代が新たに発生しますし、自分で予約をし、料金を支払わなければならないわけです。まあ、そんなことは夏休みやGWでもない限りめったにないでしょうが、万が一予約が取れなければ、ホテルすら確保しなければなりません。
そういうことの全部を責任もってやるということ。


また、母に一人で帰ってもらうことは、寂しがらせるのではないか?と、ちょっぴり罪悪感を感じます。

これもきちんと母に怒りの感情ではなく、「私はこうしたいのだけど」と心を割って話せばいいわけです。
それも自分の気持ちに責任をとるということ。

でも、母が不機嫌になるのではないかなどど怖がって、その行動をとることをしなかった。

情けないけれど、自分で自分の人生、行動に責任をとることが怖かったから、自分の真の声を無視した、その結果が怒りだったわけで、母が悪いわけではないのです。


それからもうひとつ。
なぜそこまで怒っていたか、おそらく・・・という理由があります。

昔、ヒーラーKさんが「ブレス」というヒーリングをやっていたことがあり、私もそれを受けたときのこと。

ブレスは一時的に過呼吸状態にすることによって、古い記憶をよみがえらせることができ、それを認識することによって解放していく、というようなヒーリング方法です。(これは、訓練を受けたヒーラーのもとで行わないと危険なこともありますので、良い子は絶対にマネしないでね。笑)

私は、体がどんどん胎児のように曲がっていき、バーストラウマ(生まれる前、もしくは生まれたときに体験したトラウマにつながる記憶)を体験したのでした。

私は母のお腹の中にいて、母の「時間がない、時間がない」という意識を感じています。
私も完全にそれに同調しており、「お母さんが時間がない、といっているから、早く生まれなきゃ、早く生まれなきゃ」とあせっています。本当はもうちょっと母のお腹でゆっくりしていたかったのだけど、「お母さんが時間がないっていってる!わずらわせちゃいけない!」などと思っているのです。(赤ちゃんって実は、こんなことを思っているのですねえ)


あとで母に確認してみると、私を産んだときは仕事もしっかり2年くらい休むこともできたし、特に時間がないという感覚になった記憶はないんだけど、といっていました。
でも、やんちゃな盛りの兄と姉をみながらですから、普通に考えれば「時間がない」と思うのも無理がないと思います。

もしくは、何か母の中で潜在的に「時間がない」と常に思っていたか。

ともかくそのブレスの体験で、それまでも時間に追われる、時間にコントロールされるということに異常なストレスを感じていた私は、原因がわかった気がしました。
なので、母の行動に極端に反応したのかもしれません。


そんなこんなで、集中治療の帰り、炎天下の中1時間に1~2本しかこないバスを沈黙のままひたすら待ち、異常に暑かったことを覚えています。



さて、その後もN・Y先生の治療に月に1度通うことになるわけですが、
そろそろ、私の今の元気を作ってくれた芯になるもの、
現在イオ・ラウレアというお店をやっていて、人が自分らしく生き生きと生きていくためのさまざまなセッションを提供している、きよみちゃんのヒーリングの話をしていきたいと思います。


彼女と、彼女の提供するヒーリング方法は、がんの診断が出る少し前から始まって、現在にいたるまで私を見守り、助けてくれました。


病気になるまでの私の、根本的な考えをすべて変えて、たくさんの学びを与えてくれた、命の恩人であり、ヒーリングです。

彼女がいなければ、今の私はいないかもしれません。

このブログを書くきっかけでもあり、たくさんの幸せに繋がる道をサポートしてくれました。

次回からはその話をしていきたいと思います。

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テーマ: - ジャンル:心と身体
    posted at 12:39 | 体験記 | TB(0) | CM(0)

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乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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