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親友のMっちが、とある方からカウンセリングを受けたときに、あることに気付いたそうです。
それは、「これがやりたい!」と思ってやり始めても、途中で「でも、これをやってどうなるの?」とか、「これって本当にそうなの?」とか、教えてくれている人に対しても、「この人の言っていることは本当?」とか、疑いを持ち始めてしまう傾向があるということ。
それに対してカウンセラーは、「子供の頃とかに、親からやりたいことを制限されてきませんでしたか?」と言われました。
Mっちは少し考えましたが、病弱だった彼女に、両親はむしろやりたいことをどんどんやりなさいと、なんでもやらせてくれていた印象だったそうです。
でもでも。
カウンセリングを受けているうちに、見えない制限に気付いたそうです。
両親は、なんでもやらせてくれていたようでしたが、病弱だったので、当然やれることの制限がありました。
例えば泳ぎたいと思っていても「そうねえ、泳ぎたいわねえ。でも、体の調子が良くないから、今はお休みしようね」とか言われます。
とても優しく言ってくれているし、それは確実に両親の愛だし、おそらく両親の言うように体のためには休んだほうがいい状態だった。
愛であるがゆえに、肯定的にその習慣が身についていきました。
それは、成長して体も元気になったにも関わらず無意識の習慣となってしまっていました。
両親はもう何も言わないのに、自分で、「これがやりたい」「でも、今はこうだから我慢したほうがいいんじゃない?」とか、「それが本当にいいかわからないわよ」と、一人で習慣的にやってしまっていたらしいのです。
想像するに、ほとんどの人がこれと同じような体験をして、気がつかないうちに自分に制限を設けているのだと思います。もちろんそれは両親の愛だったりして、必ずしも悪いとは言えないです。すべては完璧に用意されているから、それも必要な制限だったりもすると思います。
でも、Mっちも私も驚いたのは、「両親から受け継いだ制限」というと、とても強く抑圧されたネガティブな体験というイメージだったのですが、実は両親の愛の行為ですら、制限に繋がっている可能性があるということ。
両親の愛がハートでわかっているから、それが自分の制限を作っているなどと思いもしなかった。
そして、エゴは、「自分への愛情表現」として両親から引き継いで、無意識のうちに自分で自分へ行うようになっていた。
で、そのことをMっちは、カウンセラーにお話しました。
カウンセラーは
「自分の中に、自然に湧き出てきた『これがやりたい』というものは、まずとにかくやってあげてください。多分即座に、『そんなことやってどうするの?』『今経済的に余裕がないのに、できないよ』などと否定する言葉が聞こえてくるかもしれません。でも、とにかく行動に移してください。そういう小さな『やりたい』という芽を摘まないで、とにかくやってみてください。
ある時間やってみます。
そうすると、ある段階から必ずステップアップの時期が来ます。
そのときに初めて、エゴがささやく言葉に冷静に耳を傾けてみてください。
そのときには、それはもう芽ではなくて、花を開くか開かないかというところまで育っています。
『そんなことをしてどうするの?』『お金も時間もないんじゃない?それでもやるの?』
と、冷静に問いかけて、やる。と思えるものをやればいいのです。
例えば、なにかヒーリングの勉強をしたいなと思う。
まずできることからやってみる。
ある程度やったら、必ず勉強のレベルアップが必要になったり、プロとしてやるのかやらないのか、もっと簡単に、やってて楽しくて続けたいのか、続けたくないのか。
そのときに考えればいい。
まだ芽の段階で、そのエゴの言うことを聞いて行動に移さないでいると、その中に含まれている自分の大切な宝になる可能性のあるもの、大きく花開く可能性のあるものも摘んでしまいます。
どうか、芽は摘まないでください」
ということでした。
最近、行動に移すことの大事さを痛感しています。
どんどん動いていけば、導かれるべきところに導かれていく。
これから、私もどんどんワクワクを行動に移していく予定です。
それはその都度報告しますね。^^


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