宇宙(そら)からの贈り物

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家族

02.22.2007
※ これは4年前の記録です


さて、とにかくだいたいの方向性は決めたものの、当たり前ですが、通常の治療ではないものを選択するのですから、こうしようと思うということを家族に話をしなければなりませんでした。


当時の私にとって、家族の反応は非常に大きな比重を占めていました。
もちろん自分の命だし、自分の人生だし、誰になんといわれようと自分で思った道をすすむべきですが、
あの頃の私は、もし全員に反対されたら、代替療法という道をとっていなかったかもしれません。

本気で「家族は大事だし、家族に多大な心配をかけるのは本意ではないから、家族の反対を押し切ってまでそういう選択をすべきでない」
と、思っていました。
(きよみちゃんには、当時よく「まゆはいいこちゃんだよね」といわれており、自分ではピンときていなかったのですが、こうして書いてみるとほんとにいいこちゃんで驚きます。笑)

その時は気づいていなかったのですが、今こうして書きながら、今の私なら絶対そんなことは思わないな。どうしてあの頃はそう思っていたんだろう・・・と考えてみました。

やはり正直に出てくる最初の言葉は「怖かった」です。

それは多分、家族を言い訳にして、自分の選択に責任を持つことがこわかったのだと思います。
どうも、代替療法を選択する流れになっている。
これは導かれている方向であり、そちらに進むべきであるけれど、正直、当時は自分から望んだ方向ではないと思っていたので、(今は、私の魂が望んだ道だったことがわかっています)まだ相当に揺らいでいました。


それと同時に、私にとってはおそらく小さい頃から、家族の影響力はとても大きかった。
もっと言えば、母の影響力がとても強かったのです。

ですので、家族や母が反対したら、やりとげる自信がありませんでした。


九州のN・Y先生の所に電話をかける前に、そのことで躊躇していると
ヒーラーKさんから電話があり、「本当に時間がないんだよ」といわれました。

私は、「でも、私にとって家族は高いハードル。家族に理解してもらわないうちに決めることはできない」
といいました。

すると、Kさんは
「家族に、本当の意味で理解してもらうのは困難だと思います。とても時間がかかる。それまで待ってはいられません。でも、その葛藤は意味のあることです。がんばって」
といいました。

私はそれからすぐに、かなり緊張しながら、家族に「手術をせずに、代替療法で治そうとおもう」と報告しにいきました。

喧喧諤諤の大騒ぎになることを覚悟していったのだけど、話はわりとすぐにまとまりました。

最初に理解を示してくれたのは、義理の兄でした。

「まゆちゃんがそれを信じるって決めたのならば、それを揺るがすような不安になるようなことを言うべきではないし、それをみんなで応援してあげればいい。そのかわり、まゆちゃんもあのときこうしていればよかった、とかはいいっこなし。みんなもいいっこなし」

この言葉は本当にありがたかった。
とても尊重してもらった感じがしました。
義理の兄は、昔からよく私が本当に辛いときや困っているときに、すっと助けてくれる人です。

そして、これを機に私のパートナーにも、どう思っているかを聞いてみました。
彼に意見を聞いてしまうと、影響されずに自分の選択ができるかどうか不安だったので、自分で完全に決めるまでは、彼の意見は聞かないでおこうと思ったし、彼も言わなかったのです。


彼は一緒にいろいろな情報を調べてきたので、どちらかといえば「切らない方より」だということは感じていましたが、やはり化学療法ではなく自然治癒力で、自分の力で治した方がいいと思っていました。(彼は10年前から気功をやっていて、自分の力というものに敏感だったのです)

「でも、僕がもしこっちがいいってそうさせて、治らなかったら後悔してもしきれないし、
本人の命なのだから。
どちらの方向にせよ本人が決めたのなら、まわりにできることはそれを応援することだけだ。
本人が選んだ方向の違いで出てくる、自分の中の怖れとか不安の感情は、自分の勝手な想いであって、命がかかっていて闘っている本人のそれとは別の問題だし」

といってくれました。
彼は別に義理の兄のいってくれたことを聞いていたわけではないのですが、二人ともほぼ同じ意見。
この二人の考え、本当にすごいと思いました。


家の母、兄、姉はその意見に同意はしたものの、代替療法を選択するということを完全に納得しているわけではありませんでした。

母はお医者様が神様のように思われていた時代に生きてきた人であるし、
(今でもそういう風潮は残っているかもしれませんね。患者が医者に意見を述べるようになったのは、ここ最近でしょうし)

兄は自分の乳がんのときに手術を選択したわけだし、

姉は医療事務という立場ではあるものの、西洋医学の分野に深く関わっている。

無理はないと思います。

でも、みんなとりあえず「まゆが決めたのだから」、と尊重してくれました。
そう思うと、家族にとっても本当に大変な4年間だっただろうなあと
感謝の気持ちが湧いてきます。

あの当時は、自分のことで精一杯で家族のことを考える余裕がなかったのですが、
今こうして振り返ると、自分だったらどうだっただろうと思います。

当時の私は、彼らのように大切な人の選択を、自分のエゴを押し付けることなく応援するといいきることができただろうか?


でも、4年の歳月を経て、いろいろな体験をして。

今なら、もし最愛の人が、どんなことであれ、命をかけて選択したことであるなら、

それが成功の可能性が低いように「自分には」思えたとしても、
私はその選択を、その人を、全力で信じ、全力で応援しようと
心から思えるようになりました。









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    posted at 12:29 | 体験記 | TB(0) | CM(0)

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乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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