宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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※ これは4年前の記録です。

いつもは、光のセッションできよみちゃんのところに行くのですが、ラムサでは(きよみちゃんのところでは、お店を始める前「ラムサ」という名称でヒーリングサロンをやっていました)2003年10月くらいから月に1度、セルフコンタクトというグループセッションを始めていました。

私もきよみちゃんに勧められて出てみることにして、2003年11月8日のこの日が2回目の参加でした。

セルフコンタクトとは、きよみちゃんが今までの体験から得てきた、スピリチュアル実践編とでもいうべき、幸せに生きるコツのようなものを伝授するワークです。
(今はハピネス・スピリチュアル・ライフと名称を変えて、不定期でやっています)


この日のセルフコンタクトは、私にとってとてもとても大きな気づきを得ることになったし、病気の体験から得た、もっとも大切な叡智のひとつなので、
今でもとてもよく覚えています。

それだけの大きな体験だったということは、もちろん後で気がつくことで、
この日はなぜか、いつになく行くのが嫌で嫌で仕方がありませんでした。

この数日気分が落ちていることも多く、なぜだろうと考えてみると、たぶん僧侶の時の私と統合したからだろうという結論に達しました。
両手足を切断される生々しい夢を見たり、ものすごい怖れが襲ってきていました。
豊かになることへの怖れ。あらゆる豊かさを受け取ることへの怖れ。

そのせいで、行きたくないのかなと思っていました。

後でわかったのですが、大きな変化があるとき、そのことをすでに予知していてエゴが行くのを邪魔することがあるそうです。
エゴは変化を嫌います。

なので、行きたくないと思ったときこそ来る必要がある、ということでした。
私もこの日の体験から、本当にそうだと思います。

ともかく行きたくなかったのですが、ゆううつだと気がついたのが駅だったし、とにかく行ってしまえば楽しくなるかもしれない、と思い向かいました。

途中の道のりで、なぜか急に「ああ、私は喜びでも悲しみでも何でも、感情を体全体で表現したいんだ」と、ふと思いました。
この日のワークのテーマは「あなたにとっての楽園とは?」
まだその日何をやるかも知らずにいたのに、後から思えば、テーマを知る前のこのとき、すでにある意味の答えを自分で導き出していました。不思議なものです。


始まると、まずきよみちゃんは、この日が特別な祝福のある日であることを説明してくれました。
偶然だったのだけど、明日の午前10時星がダビデの星のように、正三角形が二つ重なるような配置になる日で、この配置だと祈りが宇宙にとても届きやすいのだそうです。
もちろん、前日の今日からその祝福は届いています、ということでした。

これも後から考えたら、本当に特別な日だったのだなあとつくづく思います。

そして、いつもはセルフコンタクトでは幸せになるコツをお勉強する、という感じなのですが、いつも通り始めようとして、きよみちゃんが「どうも今日はいつもと同じことをするような流れにないようです」といいます。(きよみちゃんは、その日に集まった人たちのエネルギーと、宇宙からのメッセージを大切にし、あらかじめ決めていた内容を変更することがよくありました)

今日は夢を具体的に明確にし、それを分かち合い、確信することを求められているようなので、そういう流れにします、ということになりました。


まず簡単に瞑想をし、夢を実現するプロセスについて説明がありました。
その中で、
「途中まで夢に向かって歩いているのに、どうしてもある種の怖れが出てきて、前に進めなくなることがあります。それは、過去世で経験した痛みが影響していることもあるので、癒してあげる必要があります」
というのを聞いたとき、なぜが私はピンときて
「ああ、それで表現できなくなったんだ」と思ったりもしました。


それからきよみちゃんは、「あなたにとっての楽園とはどんなところですか?」
というのをテーマにして、それぞれが事細かになるべく具体的に考え、それからペアになってそれを分かち合うということにしましょう、といいました。


私にとっての楽園。
それは、とにかく大自然。
海や川や、山や木や、草原や花や、あらゆる自然の恵みのある場所。
そこで私は、天に向かって思い切り魂の叫びを体を使って表現する。
自然界に存在するあらゆるものの声を聞いて、それを表現する。具現化する。
(20年前に今世の目的として占いで届けられていたメッセージは、実は私の究極の夢だったのだと思うと不思議な感じがします)
そして、心の調和のとれた仲間たちとコミュニケーションをする。
彼らもまた、個々のユニークさに合わせていろいろな方法で思う存分表現している。
すべて愛から発生していて、お互い個々を最大限に尊重している。
それぞれがまったく違うので、誰も競争したり、奪ったり、争ったり、嫉妬もない。
完全に調和のとれた世界。

これまでも、今世も過去世も私は体を使って表現してきました。
(過去世では、巫女でお神楽を踊っていたり、いろいろな場所で神にささげる踊りをしてきたといろいろなところで言われましたし、自分でもそう思います)

この日、私とペアになった人に「ずっとそれを繰り返してきているのは、何か遣り残したことや、やり直したいことがあったのでは?」と言われました。

それで考えたのですが、前に芝居をやっていたときとこれから表現しようと思ったときに決定的に違うのは、地位とか名誉とか賞賛とか、そういうものが欲しいのではなく、魂の欲求を満たしてあげたい、というところ。
それから、私だけが表現するのではなく、みんなと共に表現し、楽しんで分かち合いたい、というところ。

生きているだけで表現ではあるけれど、芸術的表現、体を使った表現をすると、こういう喜びになるよ、というのを分かち合いたいのだと思います。

そのことがわかるために、一度表現することから離れる必要があったのだと思いました。

お芝居をやっていたころ、特に後半は、どうやったら認めてもらえるか、ということばかり考えて行き詰ってしまい、結局どこにたどりついたらいいかわからなくなって迷子になって、表現から離れることになりました。

離れてみなければ、評価は単に結果であり、私の場合なによりも魂が喜ぶことをただやってあげるということが大事なのだということに気がつきませんでした。

体を使って表現したい。ダンスでも音楽でも何でもいい。
表現したいけどできない人がいたら、その人たちとも一緒に楽しめるようにいろいろな方法を提案する。
それはまさに、「楽しいから、一緒にやろうよ!」というあの、ワクワクちゃんの得意分野だ。
それでいい。ただ、それだけでいい。それが私の喜び。

そう思いました。

それから、最後に光のセッションをみんなでやって、そのときに、出てきた自分に「こんなことをしたいのだけど、どう思う?」と聞いてみる。アドバイスも聞いてみる。
もしかしたら、嫌だというかもしれない。いろいろな反応をその後みんなで分かち合いましょう、ということになりました。


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Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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