宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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※ これは4年前の記録です

セルフコンタクトで自分の生きる目的をみつけた翌日、ついに私は自分のがん細胞と話してみよう、と決心しました。

どうしても生きて、もう一度元気になって、もう一度体中で表現したいから。


逃げない。
ちょうど、映画ジャンヌダルクの公開されていたころで、そのキャッチコピーが
「逃げない」でした。覚えています?

時を同じくして、私のテーマも「逃げない」になりました。


さて、自分で光のセッションをして、がん細胞を呼び出してみました。

がん細胞の私は、見た目ゾンビのようなひどい姿。
直視するのが怖いかったけれど、よく見るとそれはやっぱり私。

とてもかわいそうでした。
悲しくて、孤独で、辛くて仕方がないと言っています。
彼女が、私のネガティブな感情を全部引き受けてくれていたのでした。
何回あやまっても足りないくらい。

彼女は、怒ってはいませんでした。
(今思うと、彼女は悲しんではいたけれど、怒ってはいなかったので進行もゆっくりだったのかもしれません。担当医にも「比較的おとなしいがん細胞です」といわれました)

私は、何度も何度もあやまり、ハグさせてもらって
「どうだろう。許してもらえるかなあ」と聞いてみました。
彼女は「うん」といってくれました。

私はさらに、
「これからは二度とそんな想いをしないように、私は自分の真実を歩いて行こうと思うの。拡大しようと思うの。だから、そろそろ一緒に健康にならない?」
といってみました。
彼女は「うん」といってくれたので、統合することができました。

彼女は統合しはじめたとたんに、砂のようにさらさらと崩れてしまいました。
私は、がん細胞への感謝の気持ちでいっぱいになりました。


この過程で、体の状態が非常に良くなっていると感じていたので、次の九州のN・Y先生の診察には自信を持って行くことができました。

N・Y先生は案の定、
「非常に良い方向に進んでいます。この分なら、あと1、2ヶ月くらいでアルバイトぐらいはできるようになるでしょう」といってくれました。

私は「生きる目的が見つかったんです」といいました。
N・Y先生は「そうです。それが何よりも大事なのです。それが見つかったのなら、もう大丈夫でしょう」といってくれました。


なんとなくこれで、このあと著しい回復をとげて、治ってしまいそうな流れですよね。
私もそう思っていました。

でも、こんなものではない、神様はもっと極上の幸せと学びを用意してくださっていました。
そのためには、この後これを何度も忘れる必要があり、さらにもっともっとたくさんの体験をさせていただけることになったのでした。

いや、もしかしたらここで、このことを忘れず、行動にも起こして、疑うこともなければもっと早く治っていたかもしれないし、そういう人もいると思います。

でも、私の場合はもっともっと時間をかけてさらに深くたくさんの体験をする必要があったのだと思います。
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まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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