宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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※ これは4年前の記録です


福井の新しい治療家を紹介してもらう際、初めて和さんから同じ乳がんで、九州の先生のもとにいっていたTさんが亡くなったと聞きました。

Tさんは、このブログの最初の頃に書いたのですが、私が代替療法を選択したきっかけを作った一人でもあります。

彼女は私より先に乳がんが発覚し、進行していたので抗がん剤をやったのですが、数回やったあとで爪が真っ黒になり、副作用もひどく「このままでは殺される」と思って、何か良い方法はないかと探していたところ、和さんと出会い九州の先生を紹介してもらったのです。

Tさんとは、私が治療法の選択を迷っているときに、偶然同じ日の前後の枠で和さんのヒーリングを受けることになっていたことで出逢いました。

そのときにはもう、Tさんは九州の先生のところに通うことを決めておられ、しかもその前に抗がん剤をやっていたのは、私がセカンドオピニオンで行った病院で、なにかご縁を感じていたものです。

でも、それからはお互いに治療が忙しく、特に交流はありませんでした。


九州の先生から「数時間で週3日くらいなら働いてもいいよ」と私が言われたとき、
Tさんはそれをどこからか聞きつけて、当時Tさんがボランティアで手伝っていた
団体の小冊子に乗せてもいいか?と連絡があったことがありました。

その団体は元NHKディレクターの川竹文夫さんの作っている「がんの患者研究所」というところ。(http://www.naotta.net/about/index.html)

そこでは、癌になったけれど今までの生き方を変えたことによって、完治した、もしくはどんどん快方に向かっている人を集めて講演会や集会をしたり、インタビューを載せた冊子を作って、がんで苦しんでいる人と治った人が、共に励ましあってがんを克服しようということを目的とした感じの団体です。(詳しくはHPをご覧ください)

私は当時、自分の核みたいなものを見つけたと感じ、その直後に週3日くらいなら働いてもいいというくらい元気になったので、Tさんはそれを冊子に載せようと思い連絡してきてくれたのでした。

精力的にボランティアをやってらっしゃるようでしたので、Tさんもお元気でいらっしゃるかと思っていたのですが。

インタビューを受けた当初、風邪をひいて、少し寝ている日が続いたとおっしゃっていたことを覚えています。「主人には申し訳ないけど、いろいろ世話を焼いてくれるのがうれしくて」とおっしゃっていました。

思えばその風邪がきっかけだったようで、和さんの話しによると、そのあと状態がカクンと悪くなったようなのです。

どういう流れか、Tさんは九州の先生のところを変えて、4月くらいに福井の先生のところに行っていたそうなのですが、その時にはすでに車椅子だったそうです。

そのときまでは代替療法で頑張っておられ、ご主人も親戚からの反対のたてになりTさんを守っていたそうなのですが、福井から帰ってから状態が悪くなり、仕方なく病院に行ったら、弱っている身体に薬を使ったのでますます状態が悪化したようなのです。

聞くところによると、福井の先生はその段階ですでにTさんの治療に関与できない状況だったらしく、何もしなかったそうです。

一方Tさんと一緒に福井の先生のもとに行った悪性リンパ腫のGくんは、肺に3Lの水が溜まっていて抜いてもらったばかりの状態でしたが、福井の先生のところに行ったら呼吸が楽になり、4回の治療で先生に治ったといわれたといいます。

そのあとの検査でGくんは、肺にあったがんと、肺のそばのリンパ節にあったがんが消えていたそうです。

他にも、食道がんと診断された人が福井の先生のところに治療に行き、3日後に再度検査をしたら、がんがきれいになくなっていたそうで、その検査写真が貼ってありました。

福井の先生は何をしているのははさっぱりわかりませんが、患部に触ると先生の手は120℃になるそうで、がんは46℃で死ぬからイチコロなのだそうです。
なんだかよくわからなくて、「あやし~」ですよね。(それでも私はこれもご縁だから、絶対何かあるはずと思い、行くことに決めましたが)


でも。
(福井の先生がどうかはここでは置いておいて)

この頃に私が強く思ったのは、
どうして元気になる人と亡くなる人がいるのだろう、ということ。

もちろん、寿命ということは理解できます。
最終的には寿命だったのだと納得することもできるかもしれません。

でも、どうなんでしょう。
寿命まではまだあったのに、亡くなる人っているのではないかしら?

その答えは誰にもわかりませんが、とにかくその時に私の知りたかったことは、
どうして治る人と、亡くなる人がいるの?
治る人と、治らない人を分けるものはいったいなに?ということ。

がんという病気は、同じことをしても、誰でもが完治するわけではない。
一時的に元気になっても再発する人もいれば、それから10年20年30年生きて、そのがんとは別の原因でなくなる、つまり完治した状態になる人もいる。

その生死の分かれ目はいったいなに?

答えはもちろんわかりませんが、私は真剣に考えてみました。
なぜなら、生きたいから。


そうか。多分、最初に根源にあるのは「本当に生きたいかどうか」かもしれない。
病気も何もかも、今あるすべてのことは。魂が成長するための完璧なプロセス。

当時、よくきよみちゃんから言われていましたが、確かに、当時の私を取り巻く環境の、何かひとつでも欠けていたり、足されていたりしたら、私は「本当に生きたい」と思わなかったかもしれない。

パートナーYと恋人ではなかったら。
彼が彼でなかったら。
乳がんが末期で発覚していたら。
きよみちゃんと出会っていなかったら。
もちろん、和さんと会っていなかったら。
「今」でなかったら。
私は生きることを選択していなかったかもしれない。


でも、もちろんそれだけで生死をわけているわけではない。

何があれば、何がなければ、また元気に健康になることができるのだろう。

Tさんの死は、とてもたくさんのことを私に考えさせるきっかけとなりました。




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テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体
    posted at 12:35 | 体験記 | TB(0) | CM(0)

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乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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