宇宙(そら)からの贈り物

人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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祈り

03.18.2011
東北関東大震災の被災者の方々へ、心からお見舞い申し上げます。


お亡くなりになった方々の魂が、迷うことなく光のもとに導かれ平安に満たされますように。

大事な方を急に亡くされた方々の心が、一刻も早く癒されますように。

体の不調や痛み、不安や恐怖を感じている方々の不安や痛みの原因が一刻も早く解決し、平和が戻りますように。

これ以上の2次災害が起こりませんように。
原発の問題が一刻も早く解決しますように。

ライフラインが速やかに復旧し、被災者の方々に一刻も早く必要なものが届きますように。

救助にあたっている方々が無事で、安全で守られますように。
そのご家族の不安が光に包まれて、すべてがうまくいっているという信頼へと移行できますように。

被災者の方々の様子に心を痛めて、何もできない自分に罪悪感や無力感を感じている方々が(私もその一人でした)、希望へ意識を向けて、自分の中にある無力感ではなく、強い愛の存在にフォーカスすることができますように。

明日は今この瞬間の積み重ねです。
未来は今日の積み重ねです。

今日笑える人は、精一杯笑うことができますように。
そうすれば、希望につながります。

希望に意識を向けて、ないものではなく、あるものに感謝をしていけますように。
それを分かち合うことができますように。


一刻も早く、全ての人々に、平和と平安がもどりますように。



テーマ:癒し・ヒーリング - ジャンル:心と身体
    posted at 10:43 | 日記 | TB(0) | CM(0)
ここ1~2ヶ月でしょうか?

やたらと、とにかくやたらと、1のぞろ目を目にします。

ぞろ目は天使からのメッセージといいます。
以前私のブログでも、ぞろ目についてロナ・ハーマンさんの本をもとに記事を書いたのですが、その本での、ぞろ目の記載がちょっと難しかったので、ドリーン・バーチューさんの本を元にした記事がありましたので、それを参考にさせていただきました。

111
「自分の思考を注意深く監視していてください。そして考えたいことのみを考え、考えたくなくないことを考えないようにします。この組み合わせはチャンスの扉が開こうとしているサインです。そしてあなたの思考が記録的な速さで具体的な形になっています。
111の組み合わせはまぶしいフラッシュのようなものです。その意味は宇宙があなたの思考の写真を撮り、それを具体的な形にしているのだということです。宇宙が撮ったあなたの思考に、あなたは満足していますか?していなければ、自分の思考を修正しましょう(自分の思考を制御したり監視したりするのが難しければ、あなたの天使に助けを求めましょう)」

http://www.myspiritual.jp/2009/09/post-503.html#

これを読んでから、「そうか。今まで以上に思考に気をつけなくては」と思っていました。

最初のうちは、1のぞろ目を見るたびに「ふむふむ。また注意を促されているな。了解」と思っていたのです。

でも、あまりにもしつこいくらい見るので、いったいなんだべ??
エンジェルカードリーディングしてもらってから、守護天使様によく話しかけているし、天使の遠隔ヒーリングをしてもらったりもしていたので、天使がそばにいて懸命にメッセージを送っているんだろうなあ~。

それにしても、しつこいくらいだなあ~。

と思っていました。

しかも1ばかり。
たまに444とかあったけど、ほとんど1のみのぞろ目。

朝に夕に、とにかく時計をみれば11:11
それは、この1~2ヶ月はほぼ毎日のように続いています。

他にも1のぞろ目なら1日に2.3回見ることも。


で、今。
この1のぞろ目の記事をリンクに貼って良いのかしらんと思って、さ~っと下の方まで見てみると

「11:11はシンクロニシティのはじまり?」というタイトルを発見。


で、覗いてみると!

「あなたは日常生活で、「11:11」という数字に出会いますか?
例えば、TVをつけた瞬間の画面の時計が「11:11」だったり、ふと何気なく、PCのスクリーン上の時計を見たら、「11:11」だったり。泊まったホテルの部屋が「1111」だったり...etc.。
先日来日したユリ・ゲラー氏いわく、「11:11」を見るようになったら、それは、シンクロニシティのはじまりである、と。そして彼によると、この「11:11 or 1111」を見る人は、「この世界で、何かやり遂げるべき使命がある」とのこと。
彼自身、1111を40歳頃から頻繁に見ており、この数字に出会う人は、「世界を愛に導く祈りの力を、より強めることができる」らしい。だからこそ彼は、この数字を見るたびに、「病める人のため、世界の平和のため、ワンネスのために祈りを捧げる」という」

http://www.myspiritual.jp/2009/06/1111.html#


ひえーーーーー!!
そんなこととは知らなかった!

本日より、この数字を見るたびに、世界中の人が幸せになるように、この地球が争いのない平和な世界になるように、祈りたいと思います。


いやあ、びっくりした。


守護天使さんたちが、あまりに察しの悪い私のために、この記事に導いてくれたのでしょう(笑)


意識を広げなさいってことなのでしょうね。
この日常の幻想を楽しむけれども、捉われることなく。


そして、自分を慈しむことは世界を愛で満たしていくことと同じだと知り、自分から愛で満たすことを始める。

そういうことを意識して行きたいと思います。

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テーマ:幸せに生きる - ジャンル:心と身体
    posted at 15:52 | 日記 | TB(0) | CM(0)
もう数年前になりますが、レイキのアチューンメントをサードディグリーまで受けました。
(アチュンメントとは、レイキの源である宇宙とチャンネルを合わせることができるように、レイキティーチャーから伝授してもらうことです)


レイキは2人だと4倍、4人だと16倍の効果が出ることから、私のアチューンメントをしてくれた方は、一人でも多く、早くレイキを使えるようになって、困っている人をみんなで助けたい、そしてみんな豊かになって欲しいという願いを持って、1日でサードディグリィまで行く伝授を行っていました。

(通常は21日間あけるのかな?ともかく時間をあけて伝授することによって、ひとつひとつのレベルでの効果、気づき、自分への癒しなどを浸透させた方がいいとします)


実は、私がレイキのアチューンメントを受けたのは、どなたかの癒しになればとかいうことではなく、自分の体のためにということでもありませんでした。

レイキは、願い事が叶うといいます。
レイキで自分の願いを叶えて豊かになりたいという想いから受けたい!と思ったのです。


そしてその頃、幸運なことに?いや、レイキの効果なのでしょう。

アチューンメントを行っている人が、「では、まゆがレイキアチューンメントを受けられるようにレイキを送ってあげる」と言って送ってくださって、なんとその数日後に、そのレイキを受けることが可能な臨時収入が入ってきたのです。



そんな流れだったので、バタバタっとレイキのアチューンメントを受けました。

もちろん1日でサードまでアチューンメントを受けた人でも、準備ができている人は、レイキの素晴らしい効果をかなり深く認識され、感動してらっしゃる方がいました。

でもきっと、私には時間が必要だったのでしょう。

今ひとつレイキの素晴らしさに対する認識も薄く、アチューンメントしてくださった方からくる「レイキファミリーへの遠隔ヒーリング依頼」に応えて、遠隔は行っていましたが、効果もいまいちよくわからない状態でした。


そのうち少しづつ、遠隔に加えてアロマのボディの施術をさせていただくときなどに使うようになって(レイキは使えば使うほど、そして恐らく他人に流せば流すほど精度が増すといいます)
数年かけて、エネルギーが流れていく状態がわかるようになりました。


レイキを流すとき、ぶわっと体にエネルギーが入り込むような感じがするときは、そのレイキを流した人や物ごとは大丈夫、望み通りになるのですが、何も感じられないときは、なぜかその物ごとは望んだとおりにはいかないという不思議な現象を感じ始めました。


しかし最近では、アロマボディもお休みしているし、朝自分のエネルギーフィールドを守るためにレイキをかけるのと、夜その日1日に感謝してエネルギーをクレンジングするのと、たまに来るレイキファミリーからの遠隔ヒーリングの依頼に応えたり、身近な人のためにたまに送るくらいで、それ以外はほとんど使わなくなってしまいました。


以前このブログでも書きましたが、エンジェルカードリーディングをしてくれた福岡のヒーラーHAUMEAさんとメールのやりとりをしていたとき、レイキの話になりました。
http://withcosmos.blog86.fc2.com/blog-entry-286.html

HAUMEAさんは、レイキで人生が変わり今に繋がっているそうで、レイキを非常に大事にしていらっしゃいます。


そして、レイキは自分のヒーリングにも使えるのに、私がほとんど自分にレイキヒーリングを行ってこなかったことを聞くと、

「レイキの効果は、実はその人の自己価値ととても繋がっているようです。そして、もしまゆさんがおっしゃるように、まゆさんにとって自己愛がテーマなら、なぜ自分にヒーリングしてこなかったのか、じっくりみつめてみるといいかもしれませんね。それが天使のメッセージでもある、自分を愛するということの何かヒントになるかもしれません」

というような意味のことをおっしゃってくださいました。


そこでその部分に意識を向けてみると、今まで見ないようにしていたものが出てきました。

それは、自分にヒーリングすることは、

「面倒くさい」でした。


面倒くさい・・・。

この言葉、自分でもドキッします。

なんてことでしょう。自分にするヒーリングは面倒くさいだなんて・・・。

自分に対してそんな風に思っている人が、人にヒーリングをしたいと思っても限りがありますよね。いつか枯渇してしまう。


そして、HAUMEAさんから、2度の悪性リンパ腫を克服して現在レイキヒーラーさんになっている上杉理恵さんという方を教えてもらいました。
Premaレイキの光と共に

その方の出されている本やブログを拝見していて、レイキとは、もしや自分の認識度を遥かに超える、むちゃくちゃ素晴らしいものなのではなかろうか?

自分は宝物を手にしているのに、もち腐れているのではなかろうか???


昨年8月に癒しフェアに行き、いろいろ興味あるものを覗きましたが、やはり今まで自分が興味を持っていたものを改めて好きだと認識したし、すでに自分の持っているものを活用して定着させたいなあと思ったのですが、HAUMEAさんのお言葉と、上杉さんのことを教えてもらって改めて痛感しました。


まずは、夜寝る前に自分にヒーリングをするようにしました。

すると、最初のうちは、もうほぼ毎回第一ポジションから第二ポジションに移るか移らないかくらいで爆睡。

HAUMEAさんいわく、それだけ必要なエネルギーだったのでしょうということでした。

ああ~。自分に申し訳ない。


今も毎日ではないですが、なるべく寝る前にセルフヒーリングするように意識しています。


最近、自分が好き。
と思える瞬間が増えてきています。^^

機会を見て、レイキの勉強会に行ってブラッシュアップしたいと思っています。

今はオーラソーマの勉強をしているので、落ち着いたらいきたいなあ。


レイキ大好きな方、レイキについてここがいい、自分はレイキでこんな体験をしたと語りたい方がいらしたら、コメント入れてくださると嬉しいで~す。

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テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体
    posted at 14:51 | 日記 | TB(0) | CM(0)
今日は死生観について、私の今感じていることを書きます。
ちょっと重いなあと感じる方は飛ばしてくださいね。

前回まで、ほわーがんサポートネットワークの講演について書きました。
そして、そこで講演をしてくれた、余命を宣告された坪井さんの、世間一般的には型破りと思われる考え方について書きました。

主催の萩原先生はこういいます。
がんが治った人が勝ち組、治らずに亡くなった人は負け組という風潮があるけれど、坪井さんのように「命は、生まれたときと同じようにただ朽ちていくだけ」「別に治らなくてもいい」「おしゃれしたいから、抗がん剤はやらないの」という考え方の人がいてもいいじゃないか。
人それぞれが、それぞれの死生観を持っていて、それを尊重すればいいのではないか、と。


私もその考えに賛成なのです。
(私も最初の頃は、治った人は勝ち組、亡くなった人は負け組みみたいな感覚をどこか持っていましたが)

無理にがんばってがんを完全に治そうとしなくても、がんと共存して長年生きている人もいるし、そのうちに寿命で別のことが原因で亡くなるとかいうこともありますしね。


私も病気になってから、治るためにいろいろなことをやってきました。
その中には、完璧主義と、常にがんばってきた自分を止めて、らく~に、ゆる~く、あるがままに生きようという取り組みも入っていました。

だから、自分なりに「あ、今がんばってしまっていた」と思うと、がんばっていた事柄を手放して、力を抜く努力もしてきたつもりでした。

でも、「治るためにがんばる」ということだけは別問題でした。
だって、がんばらなかったら死んじゃう。

無意識のうちにそう思っていたんですね。

だから、病気を治すこと以外のことはがんばらないように意識したけれど、「治すことを手放す」ことは考えたこともなかったのです。

いや、そのことでがんばっているということにすら気付いていなかったのですね。

ところが、ほんのつい最近、なにかの拍子に病気を治すことに対して、「もう、がんばるのいやだ・・・」という言葉が口をついて出て、自分で自分に驚いてしまいました。

ふと口をついて出るほど、がんばってたんだ・・・。

でも、がんばるのやめたら死んじゃわない?


それからだったと思います。
大真面目に、死と向き合ったんですね。

以前から死と向き合うことを意識していましたが、かなり具体的に、緩和ケアや痛みのケアを調べました。

それから、これはそういうことを意図したわけではなかったのですが、緩和ケアでアロマをやらせてもらう機会はないのだろうか?(こちらが施術させてもらう側ね)と思い、アロマの緩和ケアセミナーにも行き、がんの人への在宅介護のしくみやコツなども知識として入ってきて、なんだか、「これならもう大丈夫」と思えたんですね。

自分にとって一番の恐怖は、痛みにのたうちまわって死ぬこと。

昔は確かに大変だったらしいです。モルヒネの分量も医師がわかってなくて。少ししか使わずに、まったくきかなかったり、逆に大量使いすぎて、意識が混濁してしまったり。

今でも緩和ケアの知識が豊富なドクターはそう多くないらしいですが、私にですらこうした情報が入ってきているのですから昔よりは良くなっていると思うし、万が一ドクターがそういう知識の少ない人で、モルヒネや他の痛みケアがなされない場合は、詳しいドクターを探すとかいうこともできる。

介護制度をうまく使うコツなども教えてもらい、周囲に迷惑をかけなくても大丈夫かも、とか。

とにかく現実的なことをしっかりみつめたんです。

そうしたら、痛みのケアが最近はかなり充実しているってこともありますが、死があまり怖くなくなってきたのです。

もちろんそれだけでなく、いろいろ内面と向き合う作業もしてきたせいか、
死は、意識が遠のいて、眠るときのようにすっと移行するという説を信じられるようになったというか。

もちろん本当はどうなのかわかりませんし、感情的にはもちろんいろいろあると思いますが。


だから、私の場合はそう考えられるまでに7年半もかかっちゃいましたが、坪井さんのいう、「生まれるときと同じように、ただ朽ちていくだけ」という感覚もなんとなくわかる気がするし、そんなに辛いことでないと思うと、別に死なないように必死でのたうちまわる必要もないのかもね・・・などと思えるようになったわけで。


そして、そうなると不思議なことに、病気や死をみつめる割合より、生きている今何をしようかとワクワクして考える割合のほうが多くなったのです。

怖いものがなくなったからでしょうかね。


萩原先生のおっしゃるように、死んだ人は負け組みとかじゃなくて、それぞれの死生観で人生を決めたらいいと、本当に思います。

がんの患者会などに入ると、食事療法が思うように続けられない自分に罪悪感を感じてしまうだろうなとか、どうも体育会系の感じで気後れしてしまうな。

でも、自分を励ますためにも、そういうところに入ったほうがいいのではないだろうか。

でも、なぜか気が重いな・・・。

そう思っていた理由が、萩原先生の一言でわかったような気がして。
萩原先生の言葉に、私のハートの深いところがほどけて涙がでました。


主人にもよく言われますが、私は本当に楽しいことのほうにばかりパタパタ行ってしまって、がんばる、とか、根気強く続ける、とかが苦手。(好きなことは別ですけれど)

そして、病気になるまでの人生はずっとその苦手なことを歯を食いしばってやってきたわけです。

そのくせを知らず知らずのうちにやってきたけれど、やっと深いところがリラックスしはじめた気がします。

死をしっかりみつめると、生がみえてくる、という感じなのでしょうか。

そして、どこか話題に「死」というものが出てくるとネガティブなイメージを持ってしまいがちですが、もっと死生観がオープンに語られるようになるといいなと思う今日この頃です。

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テーマ:幸せに生きる - ジャンル:心と身体
    posted at 15:28 | 日記 | TB(0) | CM(1)
年末に書いた記事の続きです。
坪井さんという大腸がんの女性のお話。

彼女は、がんと診断されても「そうか、がんか」と思っただけ。
転移がわかると余命を医師にたずね、1年~3年と聞いても意外と長いと思っただけ。

がんはそんなに悪いものなのでしょうか?がんは、私にこの人生で良かったと教えてくれた大切なもの。私の一部なんです。

そして、死はそんなに大騒ぎするものでもない。
生まれたときと同じように、ただ朽ちていくだけ。
 
彼女はそう語ります。

でも、決して無理をしているようだったり、冷淡な感じの印象ではありませんでした。ゆったりとそこに自然に存在している感じです。

そんな彼女に、やはり聞いている人はたくさんの質問が上がりました。

会場の人からの質問を以下に要約して書きます。


Q:泣いたことはないですか?

A:がんになったと言うと、友達とかがショックを受けて泣いたりして、それにほだされて泣いたことはあります。(笑)でも、あとはないですね。

Q:お子さんを残して逝くのは心配じゃないですか?

A:感情的にはもちろん、離れるのが辛いとかありますよ。でも、私も酒乱の父がいて父親らしいことはしなかったので、いないのと同じでしたけど、私はちゃんと成長した。

親がいなくても子供はちゃんと成長するんです。なので、あまり心配はしていません。


長女は、私よりずっとしっかりしていて。
もし輪廻転生というものがあるのなら、彼女は私よりずっと転生を繰り返していて、魂的には私よりずっと経験がある魂レベルが上の人なのではないかと思っているんですね。だから、あまり心配はしてないです。

Q:萩原先生の催眠療法を受けにいらしたということですが、やはり何か効果を期待してということではないのですか?

A:萩原先生には大変失礼な話なのですが、信頼している先生から萩原先生のことを伺って・・・。実は、何もしないと家族があまりに心配するものですから、家族のために何かやろうと思ったんですね。
で、一番高いコースを選んだら、家族が安心するかなと。(笑)
それがたまたま催眠療法だった。結局お話しただけで受けませんでしたけど。特に必要ないんじゃないかってことで。
それで、ここでお話させていただく話になったんです。

Q:生まれたときと同じように、ただ朽ちていくだけ、という境地に至ったきっかけなどはありますか?先ほどお話の中で、子供の頃は毎日死にたいと思っていたとおっしゃってましたが、関係はありますか?

A:そうですね。子供の頃は父が酒乱だったので、死にたいというか・・・、この環境から抜け出したいという気持ちが強かったんですね。でも、社会人になって、自分の自由に生きることができるようになってからは、そんな風に思ったことは一度もないので・・・。そうですね。特にきっかけとかがあったわけではなくて、なんとなくそう思ったんですね。

Q:もし、画期的な抗がん剤の新薬が出来て、これを使えば治るとか、10年20年生きることが可能だっていうものが現れたら、やりますか?

A:そうですね~。副作用が全くないなら考えるかもしれませんけど・・・。

今抗がん剤治療をやられている方には大変失礼な考え方だと思うし、別に抗がん剤治療をしている人を否定しているわけでもなんでもなく、そうやってがんばって生きようとしている姿は、それはそれで素晴らしいと思います。

ただ、私・・・。髪の毛抜けちゃうの嫌なんです。おしゃれできなくなくなっちゃうから。
私、おしゃれしたいんです。おしゃれするのが大好きなんです。

私の場合、抗がん剤を受けて、副作用で毎日吐き気がひどかったり、おしゃれができなくなったり、そうなると精神的ダメージが大きすぎて、耐えられないと思うんです。まず精神がダメになっちゃう。

だから、多分やりません。

Q:私は、副作用がまったくないという免疫力を高めるワクチンを(←すみません。名前を忘れてしまいました)使っています。自分で注射しなくてはいけないんですけどね。そういうのはどうですか?

A:そうですね~。・・・ごめんなさい。やらないと思います。
理解してもらえないかもしれないですけど、私本当に今が幸せなんです。今自然体で幸せだと思うことをやっていたいんです。無理に治そうとか、がんをなくそうとか、特に考えてないんですね。普段まったくがんだってことも忘れてますし。
だから、普通に生活する以外、何も変わったことしてないんです。ちょっと食事には気をつけるようになりましたけれど。

Q:食事はどんなことに気をつけてますか?

A:お肉は週3日くらいに減らして、鶏のささみとか脂の少ないものにして、魚も白身にしてます。あとはお野菜をたくさん食べます。
でも、いただきものをしたら、どんなものでもありがたくいただきます。くれた方の気持ちをありがたくいただきたいので。
あと、友達と会うときは、なんでも楽しくいただくことにしてます。

そうそう、たまごの味がわかるようになりましたよ!
良いたまご、余計なものが入っていないえさで育った鶏のたまごと、そうじゃないたまごは味が全然ちがうんです。

Q:好物だったものを我慢したり、嫌いなものでもからだにいいから食べたりとか、そういうことはないですか?私はなかなか食事制限ができなくて・・・。

A:最初のうちは、食べたい気がしたんですけど、実際良く考えてみたらそんなに食べたくもないんですよ。だから、必要なくなったかな。でも、1週間に1度くらい好きなものを食べてもいいと私は思います。


Q:私も最近、死後の世界があるのではないかと信じられるようになって、あまり死に対する恐怖がなくなりました。坪井さんは、死後の世界ってあると思いますか?

A:そうですねえ~。あったらいいのかもしれないですけど・・・。でも、あってもなくても、どちらでもいいです(笑)


Q:自分もがんになったときから、坪井さんと同じような考えで、それを周囲に理解してもらうのに苦労した経験があります。でも、これから先、がんが進行して、痛みがでたら今と同じ心境でいられるかわからない。それを考えると怖くなったりするんですが、そのあたりはどうですか?

A:そうですね。私も痛いのは大嫌い。抗がん剤治療をやらないと決めたとき、自分から緩和ケア科に移ると言ったんですね。なので、そこで痛みに対処してもらおうと思っています。実際にどうなるかはそのときになってみないとわからないですね。
とにかく痛みは抑えてもらおうと思っています。


印象的な質問はだいたいこんな感じでしたでしょうか。
もう本当にすごいとしかいいようがないです。
死ぬことの恐怖に押しつぶされるのではなく、今をどれだけ自分らしく生きられるか。
そういうことに坪井さんは意識を向けていらっしゃる。

でも、がんとか病気の人に限らず、結局人生いかに自分らしく生きることができるかってことですよね。
恐怖に圧倒されて、その恐怖に対処するだけの人生にするのか。
病気でなくても、他にたくさんの恐怖がありますよね。
その恐怖にフォーカスするのではなく、いかにして自分らしく生きるのか。


最後に、萩原先生がこう締めくくっています。

「西洋医学にしても、代替療法にしても、みんながんをなんとかがんばって治そう!としますよね。いろいろながんのサポート団体や患者会があって、そこに参加したときに話題になるのは、どうやって治したかとか、どうすれば治るのかですよね。そこで、「私、別に治らなくてもいいんです」なんていいづらい雰囲気がある。
それがいつの間にか、がんが治った人は勝ち組、治らずに亡くなった人は負け組みという風潮ができてしまっている気がするんです。

でも、僕は、本当にそうなんだろうかと思うんです。別に、中には『私、おしゃれしたいから抗がん剤やらない』っていう人がいてもいいと思うんです。
それぞれの死生観があって、それを尊重し合っていけるのが一番いいのではないかと思います。

ぜひ、3月くらいにまた坪井さんに、そのときの心境を語っていただきたいですね」

坪井さんは笑いながら「はい。生きていれば(笑)」

と言っていました。(笑)


私も萩原先生の考え方に大賛成なんです。

もう長くなってしまったので、このあたりは次に書きますね。
長いのに、最後まで読んでくださって本当にありがとう。

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    posted at 16:43 | 日記 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

まゆりん

Author:まゆりん
乳がんになり、代替療法を選択したことからさまざまなヒーリングを体験。その結果、人生が癒され幸せになりました。その体験を通して、いただいた気づきや叡智を分かち合い、幸せへの道を分かち合います。

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